旭光学 Super-Takumar 55mm F1.8 (M42)の修理

PENTAX SVの修理後、M42マウントレンズを持っていなかったので、試写のため本レンズを購入した。京都の「第一写真店」にて購入。店頭で裸の状態でダンボール箱に転がっていた。

症状:

このレンズは多くのバージョンがあるらしい。購入したレンズは「雌山亭 - 「1:1.8/55」の変遷」によれば「Ⅱ期型」とのこと。中身はバージョンごとに異なるらしい。

目次:

汚れについては清掃でおおむね解決したが、前玉はレンズ自体がカビに侵食されており、ルーペで見ると微細な点状の凹みができている。しかしごく僅かなので、写りにはさほど影響しないと思われる。

絞りは原因は分からなかったが、分解洗浄後に正常になった。距離リングはヘリコイドを入れ替えるとちょうどよい感触になった。


試写:

Pentax SVを使用。(blogの試写)。


2017/9/16
初稿

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分解


分解を始める。

レンズの距離リングを近距離いっぱいに回すとレンズ先端が伸びてくるので、レンズ下側を固定し、伸びた部分を掴んで反時計回りに回すと社名盤ごと筒が外れる。


外したところ。次に矢印のカニ目リングを外す。ゴムアダプターで外れた。



外したところ。そのまま一番前のレンズが外せるので保管しておく。前(写真では上)が凸。



レンズを外した筒の内側をゴムアダプタで回すと、前群ユニットが外れる。



外したところ。レンズを清掃したら、先程外した1枚目を前群ユニットに嵌め込んで保管しておくとよい。


絞ってみると、この時点で絞り羽根が露出しているのが分かる。絞り羽根の重なり方を記録しておく。

また、最小絞りの開口部の大きさを記録しておく。この大きさは絞り羽根の組立時に調整して同じ大きさになるようにする必要がある。後述する修理記事によると、マイナスドライバーの先を開口部にあてがって、近い大きさのマイナスドライバーで記録しておくのがよいらしい。

記録が終わったら絞りは開放に戻しておく。



写真が見づらいが、距離リングとレンズ部の隙間から3つのネジが見えている。これらを外すと距離リングが外れる。


外したところ。更に矢印のカニ目リングを外す。これもゴムアダプターで外れた。



外したところ。すると後群レンズユニットが外れる。



外したところ。左はヘリコイドとマウント。右は後群レンズと絞り。



後群にはフォーカス調整用の金属リングがあるので注意。
後群とヘリコイドの間はオイルがべっとり付いて汚れていた。ヘリコイドから漏れ出したと思われる。



組み込む際は赤丸同士、青丸同士が噛み合う。レンズ側はバネにより絞り開放状態になっているので、ヘリコイド側の絞りリングを開放にしてから組み込むこと。


絞り羽根の分解と組み立て


レンズユニット側の機能を見ておく。

赤丸の絞りレバーを矢印方向に押すと、同時にバネが伸びて絞りが絞られる。離すと開放に戻る。基本は絞り開放。


レンズユニットを裏返して外側のカニ目を外す。手で掴んで回せばよい。後群が外れる。内側のカニ目は後玉単体の押さえリング。



外したところ。



後ろからも絞りが露出する。重なり方を記録しておく。


絞りを分解するため、レンズユニットのサイドにあるイモネジ3つを緩める。

写真では上下逆になっているが、前側を上にして絞り開放で作業すること。


前側を下にしてイモネジを緩めたせいで、絞り羽根がバラバラと落ちてきた。

次に赤丸のネジを外すと絞り羽根押さえが外れ、絞り機構が露出する。


外したところ。右が絞り羽根押さえ。見たとろこ絞りに異常はない。



絞り機構を見ておく。

本体の赤丸の長穴に、羽根の赤丸ピンがはまる。本体の青丸ピンは、羽根の青丸穴にはまる。

本体絞りレバーを動かすと、中央の茶色い円盤は矢印方向に動く。すると羽根は青丸を中心に回転する。羽根のピンは長穴に沿って動き、絞りが絞られる。


分解したが、絞り異常の原因はわからなかった。念のため、全体をエタノールで清掃してから組み立てる。

1枚目を嵌め込む。絞りのバネがいっぱいまで縮んでおり、過開放のような状態になっているため、そのままでは嵌まらない。少しだけ絞りレバーで絞った状態にすると嵌まる。



2枚目を嵌める。同じように反時計回りに嵌めていく。



最後の1枚は、最初の1枚の下に潜り込ませる必要があり、コツが必要。

まず羽根の穴が空いた部分を1枚目の下から差し込む。羽根の右側は1つ前の羽根の上に乗るようにする。



そのまま差し込んでいき、羽根の穴を本体のピンに嵌める。



羽根のピンが本体の長穴に嵌まれば完了。



絞り羽押さえを嵌め込み、イモネジで固定するのだが、この固定位置によってマウント部に組み込んだ際の最小絞りの開口部の大きさが変わる。

赤矢印のネジの位置が、穴の左の方に行けば最小絞りは大きくなり、右に行けば小さくなる。



マウント部の赤丸がレンズ部赤丸の絞りレバーを動かすが、マウント部赤丸には僅かに取り付けシロがあり、その取付位置によって絞りレバーを押す距離が変わるためである。

対してマウント部青丸には取り付けシロがない。取り付け位置はレンズ側青丸のネジ(前写真の赤矢印)の位置で決まることになる。

購入した個体は絞り羽根の形状が安定しないため、最小絞りの大きさを事前に確認できなかった。ネットで調べたところ、有効口径は「焦点距離÷絞り値」で決まるようで、計算するとF16で「55/16=3.4375」となる。しかしこれで算出できるのはあくまで光学上の口径で、実際の物理的な羽根の開口部の大きさではないらしい。

ネットを探していると「カメラのキタムラ」のサイト内に田口由明氏による同レンズの修理記事「修理人たぐちの徒然日記 - Super-Takumar 55/1.8 編」を見つけた。幸い、最小絞りがマイナスドライバーと共に写真で載っていたので、これを参考に調整した。しかし、記事中の「#4ドライバー」がどのドライバーを指すのか分からなかった。一般にプラスドライバーには#nという番号があるが、マイナスドライバーは刃幅で識別される。写真から察するに3mm程度と思われるので、とりあえず写真と同じになるように調整した。レンズのバージョンは違うようなので、もしかしたら最小絞りの大きさは違うのかもしれない。しかしこれ以外に参考にできるものがない。

組んでみると絞りは正常に動いた。何度動かしても同じ形になり、不具合はなくなった。初期症状の原因は不明。

なお、田口由明氏は既に退職しているが、日本で最も有名なカメラ修理士だそうで、氏のblogには有用な記事が数多くある。自分には理解できないものが多いが、今後参考にしたい。


ヘリコイドグリスの入れ替え

ヘリコイドを分解する。まずはDOF(被写界深度)リングを外す。赤丸のイモネジ3つで外せる。



次に絞りリングを外すが、絞りリングにはクリック感を出すために内側に小さな鋼球が入っている。赤丸の隙間から鋼球が確認できる。鋼球は固定されていないので、絞りリングを外す際に飛ばしてなくしやすい。

絞りリングも固定されていないので、鋼球の付近を指で抑えながら絞りリングをレンズ前方向に慎重に外す。


絞りリングを外したところ。赤丸が鋼球。レンズを無限遠にした際の、「∞」表示位置にある。


絞りリングとマウント部の噛合せを見ておく。マウント部赤丸ネジにはリング赤丸が噛み合う。リングを回すとネジが矢印方向に動き、絞りを絞り込む。

緑は鋼球でクリック感を出すための溝。

次に青矢印のネジを3つ外すとマウント部とヘリコイド部が分離する。


外したところ。左がマウント部、右がヘリコイド部。

組み立てる際はマウント部の内側の金具と、ヘリコイド部の切り欠きを合わせる。


ここで距離表示板が剥がれてしまった。過去にも剥がれたことがあったらしく、前修理者が「∞」表示のところにマーキングしてくれていたので助かった。



距離表示板をボンドで接着しながら作業をすすめる。ボンドはコニシG17。前述のサイトの修理記事を参考に輪ゴムで押さえた。

ヘリコイドの動きを見ておく。写真は無限遠近く。青矢印はヘリコイドとともに動く、リングの一部だけの金具の先端。「無限最短金具」ということにする。ヘリコイドを無限遠方向に動かすと、無限最短金具の先端が赤矢印方向に動き、赤丸のネジに当たって止まる。ネジが無限遠のストッパーになっている。



最短距離近く。ヘリコイドを最短距離に動かすと、青矢印の無限最短金具の先端が赤矢印方向に動き、赤丸のネジに当たって止まる。

このネジは無限遠のストッパーと同じもの。青矢印は無限遠で示した無限最短金具の反対側。つまりストッパーの位置というか、ヘリコイドとともに動く無限最短金具の長さで無限遠、最短距離を決めているらしい。

ヘリコイドに無限遠の調整機構はないようだ。レンズユニットのスペーサーでしか調整できないと思われる。もしくは無限最短金具を削るか、継ぎ足すしかない。最短距離に関しては、ヘリコイドが抜けない程度に無限最短金具を削れば、もう少し距離を縮めることができるだろう。



簡単にヘリコイドの動きを確認しておく。このレンズは「ダブルヘリコイド」というタイプ。マウント部に近い方から、外・中・内の3つの筒がお互いにネジ山で組み合わさっている。内筒にはレンズユニットが取り付けられる。

組み合っているのは「外と中」及び「中と内」。外筒はマウント部を介して本体に固定されており、動かない。写真はマウント側からのもので、外筒が一番手前に写っている。赤矢印のネジでとめられている2つの金具は「直進キー」と呼ばれるもの。直進キーは外筒にネジで取り付けられており、内筒の内側溝に嵌っている。

中筒を近距離方向に回すと、外筒に対して中筒が離れていく。直進キーがなければ内筒は中筒と一緒に回転するが、直進キーが嵌っているため、内筒の角度は変わらない。しかし中筒とはネジ山で噛み合っているため、内筒は中筒から離れる方向に移動する。

この「外筒に対する中筒の移動距離」と「中筒に対する内筒の移動距離」の合計が、レンズユニットの本体からの移動量になる。これがフォーカシングの仕組みである。


ではヘリコイドを分解する。赤矢印のネジを外して直進キーを外す。左右で形が違うので注意。青矢印の切り欠きを基準にすればよい。


外したら内筒が自由に動くようになる。内ヘリコイドを時計回りに回し、無限遠方向に締め込む。通常の無限遠を超えて締め込める。

いっぱいまで締め込んだら、内筒と中筒にまたがるようにケガく。マジックなどは清掃の際に消えるので注意。

このマーキングを組み立てる際の目安にする。組み立てを間違うと、締め込んだ際にこのマーキングが合わない。

なお、写真のケガキ線は前修理者によるもの。

なぜマーキングが必要かというと、一般にヘリコイドのネジ山は「多条ネジ」と言われる構造のため。普通のネジはネジ山の入り口が1つ、出口が1つの1本の螺旋だが、多条ネジは複数の螺旋で構成されている。このレンズは12条ネジで、入り口が12個もある。入れる場所を間違えると無限遠が合わなくなってしまう。

なぜ多条ネジなのかというと、多条ネジは同じ回転角度で前後の進む距離が長いため。1条ネジだと距離リング1周させても少ししかレンズが移動しないので、フォーカシングするにはぐるぐると距離リングを回すことになってしまう。



ゆっくりと内筒を時計回りに回していき、外れる瞬間をマーキングする。マーキングは先程の締め込んだ中筒のマーキングに合わせて、内筒にマーキングする。締め込みのマーキングと区別するため、写真の赤で示した例のように「V」字にケガくのが通例らしい。ここに前修理者のマーキングはなかった。




よく見たら前修理者は内筒の内側に「A」字でケガいていた。修理者ごとの流儀があるらしい。


内筒を分離した。ネジ山には液状になった黄色い古いグリス。グリスというよりオイルのような状態。


次に中ヘリコイドを分離する。青矢印の遠近ストッパーネジを外す。「反時計回り」で締め込んでみて、すぐにネジの締め込み位置に達するのを確認する。

次に「時計回り」で外していく。このヘリコイドは通常の1条ネジなのでマーキングは不要。


左から外筒、中筒、内筒。ブラシにベンジンを付けて綺麗にねじ山を清掃し、古いグリスを落とす。スポンジに含ませた無水エタノールで仕上げ拭きをして乾燥後、新しいグリスを筆で薄く塗る。

今回はCanon 28mm F2.8のときに使用したジャパンホビーツールの「光学用ヘリコイドグリス #30」を使った。使用感はとてもよい。

あとは逆順に組み上げればよい。ヘリコイドの入口を間違えないように。多条ネジはハマりにくいが、水平に注意して何度も試せばそのうちはまるだろう。

組み立てたらカメラに取り付けてフォーカスをチェックする。このレンズではずれる要素はないが、念のため無限遠のチェックはしておくこと。