旭光学 ASAHI PENTAX SVの修理
- シャッター幕の張替え

目次:

戻る


シャッター幕の張り替え準備

幕は少しほつれている程度だったが、幕張替えの練習のため張り替える。

先に剥がした幕の写真を示す。上が先幕。下が後幕。このカメラの幕はリボンと一体で、リボンを含めた幕素材を写真の形に切り出しているだけ。ネットによると、幕素材のリボンは弱く、リボン部分が切れているPentax SVが多いらしい。

幕竿(まくざお)は、一般的にはリボンと幕をつなぐ金具。このカメラでは幕と一体なのでそのような意味はなく、単に幕とリボン部分の間に挟んで接着してあるだけ。

今回はオリジナルと同じく幕でリボン部分を作ったが、一般的なリボン素材を使用してもいいだろう。


幕はそれぞれドラムに巻き取られる。向かって先幕の左側(リボン側)、右側(幕側)。後幕の左側(幕側)、右側(リボン側)で4本のドラムがある。

左側のドラムは巻き上げレバー側なので「巻き上げ側」。右側のドラムはシャッターを切った際にバネの力で幕を巻き取るので「巻取り側」という。


幕とドラムの位置関係を上から見た図で示す。後幕の巻取り側(図の右側)が、写真では見えていないポールの裏側を通っている点に注意。

先幕がレンズ側で、後幕がフィルム側。幕はフィルム側に布面、レンズ側にゴム面が来る。

簡単にシャッター幕の動作を説明する。

チャージすると巻き上げレバーに連動して巻き上げ側(左側)ドラムが回り、幕を巻き取る。巻取り側(右側)ドラムは内部にバネが入っており、常に巻取り側ドラムに幕を巻き取ろうとする力がかかっている。しかし巻き上げ側ドラムにつながるギアには逆転防止のストッパーがかかっており、巻取り側ドラムに巻き取られてしまうことはない。

レリーズするとこのストッパーの内、先幕用のものが外れ、巻取り側ドラムに先幕が巻き取られ、先幕が走る。その後に後幕のストッパーも外れ、後幕が巻取りドラム側に巻き取られてレリーズ完了となる。


張替え準備を始める。既存の幕について、高速から低速までの動きを確認し、正常に走っているなら、最初に先幕竿のレリーズ時の位置を記録しておく。先幕竿の左側に、ごくわずかに後幕竿が見えている点に注意。この竿の位置関係は重要。

既存の幕が正常ではない場合は、以下の張替え過程で正しい位置を探りながら作業する必要がある。

シャッターを切ると、巻き上げドラムに巻かれていた幕を、巻取りドラムがそのテンションで引っ張り、どんどん巻き取っていくが、巻き上げドラムが回る限界まで巻き取ったら、レリーズ完了になる。そのときの幕竿の位置が、レリーズ幕竿位置である。幕の接着では、レリーズ完了で幕竿がピッタリこの位置に来るように、幕を巻き上げドラムに接着する必要がある。

この位置は、巻き上げ完了時は幕竿が写真向かって左側のフレーム外、レリーズ完了時は右側のフレーム外に来るような位置にである。

スローガバナーを使う低速シャッター時は、後幕が走り出す前に少しだけ進むので、その距離も考慮する必要がある。この距離は実際に最低速でシャッターを切って実測するしかない。


巻き上げレバーで巻き上げて、先幕竿のチャージ時の位置を記録する。

記録したらドラムから先幕を剥がす。接着されているので無水エタノールかアセトンを使うと剥がしやすい。

リボン側を剥がすのはレリーズ状態で行うこと。ミラーボックスがない状態でのレリーズは、レリーズボタンを押しながら先幕スタートレバーを押せばよい。詳しくは「ミラーボックスの仕組み」の最初を参照。


先幕を剥がしたら後幕の幕竿の位置を記録する。まずレリーズ時の位置。


後幕竿のチャージ時の位置を記録。この位置がいちばん重要なので、必ずマーキングしておく。

写真では既存の幕の取り付けが悪く、上側のリボンがフィルム窓にかかってしまっているのが分かる。

記録したら後幕を剥がす。剥がしたらドラム4本の接着剤をきれいに除去しておく。



外した幕を寸法とともに再掲する。

先幕の方が短く、幅が太い。tは厚みを表し、幕はどちらも0.2mm。幕竿部分は0.6mm。

この通りに新しい幕を切り出し、幕竿を作成する。


切り出した新しい幕。ジャパンホビーツールの「シャッター幕 絹製」を使った。元の幕が残っておらず、長さがわからない場合は長めに作っておく。長い分には後でカットすればよいが、短いと作り直しになる。


幕竿。0.1mm厚のアルミ板を使った。後で塗装するので、塗装する面を軽くサンドペーパーで荒らしておく。そのままだと塗料の乗りが悪い。

最初、アルミ板は0.2mm厚で作ったが、きれいに半分に折り曲げるのが困難だったので0.1mmにした。作ってみると0.1mmで問題なかった。

半分に折るには、薄い定規などを上から半分の位置に当て、反対側を下からもう1本の定規で起こしていけばよい。今回は起こすのに大きいカッターの刃を使った。何度も幕竿を閉じたり開いたりすると、真ん中で割れてしまうので注意。

矢印の切れ込みにリボン部分を通し、幕に接着する。切れ込みはリボンの幅4mmがちょうどだが、どうせ接着するので少し長めに4.5mmくらい切ったほうがリボンを通しやすい。

接着剤はセメダイン「スーパーX 黒」が良い。硬化までが遅く、微妙な位置調整ができる。硬化しても弾力を保つので衝撃に強い。この接着剤は硬化後、ゴムのようになるため、接着剤のはみ出しが多いと摩擦で幕がうまく走らない。なので接着剤は極々薄く塗る。

接着剤を塗るヘラは、小さいマイナスドライバーが使いやすい。


幕竿で幕を挟んで接着する。定規などで押さえると幕竿を歪めずに均等に挟める。事前にマスキングテープで幕を保護しておくといいだろう。

幕の関係のない部分に接着剤がついた場合は、無水エタノールで軽く拭き取る。拭くときに押さえつけたり引っ張ったりすると幕がヨレてしまうので注意。特に幕竿から幕がズレ出ると確実に幕がヨレる。ズレたら一旦幕竿を外して挟み直すしかない。無理に幕竿の中に幕を押し込もうとすると、ヨレが更にひどくなってしまう。はみ出しが少量なら接着剤が半硬化してからピンセットで摘み取る方がいいだろう。


挟み込んだらマスキングテープを剥がし、板に挟んで数カ所クランプで締め付け、幕竿が平坦になるように圧力をかけ、接着を完全にする。幕竿が平坦でないと先幕と後幕の竿同士がぶつかってうまく走らない。圧力をかけすぎると、幕竿が折り目から割れてしまうので程々に。圧力をかけると接着剤がはみ出すことがよくあるので、板から剥がしやすいように板と幕竿の間にビニールシートを入れるとよい。今回はレジ袋を切ったものを使った。このまま完全硬化まで1日程度おく。

ここでミスがあった。マスキングテープを貼ったまま圧力をかけたため、マスキングテープの粘着が幕に残ってしまった。ゴム引き側は問題ないが、布側は粘着成分が繊維に入り込んでしまい、アルコール、アセトンなどの溶剤でも落ちない。

これは服の糸くずを取るときのように、ガムテープを貼ったり剥がしたりして対応した。うまくマスキングテープの残った粘着が取れた。マスキングテープの弱い接着といえども、圧力をかけてしまうとうまく剥がれなくなるのを覚えておく必要がある。


接着が終わったら幕竿をつや消し黒で塗装しておく。メタルプライマーがあれば、下塗りして1日乾燥させておくと塗装が剥がれにくいだろう。今回、黒塗料はGSIクレオスのラッカー系塗料「Mr.カラー つや消しブラック」を使って筆で2回塗りした。ラッカー系の上にラッカー系の重ね塗りは、下塗り後、6時間くらいの乾燥で重ね塗りできる。最初は3時間ほどで上塗りしたが、そのときは下塗りが剥がれてしまった。実用に耐える乾燥までは丸1日。

幕を分厚い本で挟んで幕竿を浮かせれば、同時に両面を塗って乾燥させられるので、時間短縮になる。

一般的にはエナメル塗料を使うらしい。乾燥は遅いが1回塗りでよい。


シャッター幕の張り替え

新しいシャッター幕が準備できたら、うまくドラムの間に幕を通すため、幕の端に写真のようにカットした紙をマスキングテープで貼り付ける。紙は普通紙ではなく、ツルツルした千切れにくいものがよい。今回はカレンダーの紙を使った。


紙の先を軽くカールさせるとドラムの間に入れやすい。ボールペンなどに紙を巻きつけるとカールさせることができる。


レリーズ状態で、前述の幕とドラムの位置関係の図を参考に後幕をドラムに通す。右側は写真では見えないポールの裏側を通すのを忘れないように。ポールの裏側を通っていないと、先幕と後幕が当たってしまい、うまく幕が走らない。


記録しておいた後幕竿のレリーズ位置に合わせる。合った位置でリボン側を軽く引いてたるみを無くし、本体にマスキングテープで固定する。

正しい幕竿位置が不明な場合は、以下の過程においてはがしやすい両面テープで幕を仮付けし、ちょうど良い位置を探る。


本来はドラムとリンクするギアを外して張替えするらしいが、今回のように外さずに張り替える方が簡単。ドラムとリンクするギアと調整方法は『その他 - 速度調整機構』、『その他 - ギアによる幕竿位置の調節』を参照。

後幕の巻き上げ側、つまり幕側を接着するため、ドラムを上から見て時計回り方向にいっぱいまで回す。回しきったら、写真のギアに楔を入れて固定すればドラムが動かなくなり、作業がしやすくなる。

ここで幕をピンと引いて接着するドラムに当ててみて、幕が接着しやすい長さになっているかチェックする。ちょうど写真くらいの長さになっているとよい。この状態で幕の端5mm程度に小さいヘラで接着剤を塗り、ドラムに接着することになる。

幕が長すぎるとドラムにぐるぐる巻くように接着しなければならず、今回の方法では接着できない。なので、長い場合はカットする部分に印を入れ、一度幕を取り出してちょうどよい長さにカットして接着する。



後幕の幕側を接着する。幕竿の位置に注意する。接着剤の硬化前ならやり直しが効くので、ここではそれほど正確でなくてもよい。

接着力が弱いうちは写真のように幕の端がめくれ上がってくるので、ある程度硬化するまで幕の端をマスキングテープでドラムに貼り付けるとよい。



続いて後幕リボン側を接着するが、作業をしやすくするために後幕にかかっているテンションをフリーにしておく。

底部のテンション調整ギアは反時計回りすることでドラムのテンションを強めるが、時計回りに勝手に回らないように左側にストッパーがついている。このストッパーを矢印方向に動かすと、一気にギアが時計回りに回ってテンションがゼロになる。


後幕リボン側をドラムに接着する。リボンの先端がドラムに接着しやすい位置になるよう、後幕を幕側にたるませるように引っ張ればよい。なお、幕側とは違い、リボン側は後でドラムを回して巻き取れるので、接着位置は重要ではない。ただしリボンと幕が平行になるよう注意。

幕側と同じようにリボンの端をテープでドラムに固定してめくれないようにし、半硬化を待つ。9月上旬では10分で半硬化した。気温や湿度にもよるが、おそらく10~20分位が目安と思われる。

次に底部のドラムテンション調整ギアを反時計回りに回していき、徐々にドラムにテンションを掛ける。テンションがかかるとドラムが回っていき、リボンを巻き取っていく。これで接着が動かない程度に軽く幕を張る。

このときは接着剤が半硬化状態で、幕は剥がれないものの動かせる状態。これを利用して、この間に幕の並行や幕竿の位置を微調整する。

調整できたらそのまま接着剤の硬化を待つ。

更に30分~1時間程度で大まかに硬化したら、チャージしてシャッターを切ってみる。幕が走れば問題ない。途中で止まるようならテンションを少し強め、またチャージしてシャッターを切る、を繰り返す。あまりテンションを掛けると接着がズレてしまう。テンションを掛けても幕が走らなければどこかに問題があるので、原因を調査してやりなおし。


後幕が張れたら、次に先幕を貼る。同じようにドラムに幕を通し、幕竿をレリーズ位置に合わせる。先幕竿の位置は後幕竿にほぼ重なる位置になるはずである。竿の位置があったら右の幕を軽く引いてたるみを無くし、本体にテープで固定する。

同じように左の先幕リボン側をドラムに当ててみて、接着にちょうどよい長さなら接着する。長ければ一度幕を取り出してカットする。

半硬化したころに幕竿の位置を微調整する。基本的には後幕竿と先幕竿は重なるが、ごく僅か、0.5mm~1mm程度、先幕竿が右側になり、後幕竿が左側に見える程度にするのがセオリーである。これはシャッターが切られて幕が右側に走る際、先幕竿が後幕竿に引っかからないようにするためである。また、この幕竿同士の距離が1/1000や1/500の最高速近くでのシャッター速度に影響する。距離が短ければシャッター速度は早く、長ければ遅くなる。

なお、写真は先幕竿がかなり右になっている上、斜めになっており、更に幕がヨレてしまっている。悪い例である。この場合はやりなおし。


先幕の幕側接着の前に、一旦シャッターをチャージする。底の2:フラッシュ同調兼跳ね返り防止ギアが写真のような角度になるように調整する。2は3:先幕テンション調整ギアとリンクしている。3のテンションが掛かっていないときは2を自由に回せる。テンションをかけて調整した後に2だけを回して角度を調整したい場合、2の中央のeリングを外す。すると2が取り出せるので、角度を調整できる。eリングの下にワッシャーがあるので注意。

2は先幕の跳ね返り防止とフラッシュ同調を兼ねている。2と3はリンクしているので、先幕が走ると2は右に回る(時計回り)。先幕が走りきって終端に達すると勢いで跳ね返り、今度は2が左に回ろうとする。そのまま2が左に回ると先幕が再びフレーム内に出てしまうので、4:跳ね返り防止爪で2bを係止し、2が左に回るのを止める。この位置関係は、レリーズ状態で2bと4の間に1mm程度の余裕があるくらいがいいようだ。近すぎると巻き上げの際に4と2bが干渉して巻き上げできなくなる。

フラッシュ同調に関しては、レリーズで2が右回りに回転し、ピン2aが1:フラッシュ同調接点を押してショートさせる。


先幕の幕側を接着する。大まかに硬化したら先幕のテンションをある程度掛けてレリーズし、シャッター幕が走るか試してみる。すべてのシャッター速度で幕が走れば、後は丸1日程度おいて接着剤を完全に硬化させる。

もしB以外の速度でもBになるようなら、先幕のテンションが弱い可能性が考えられる。後幕が走り出すには、先幕がその走る勢いでストッパー部品を蹴って外す必要がある。しかし、先幕の速度が遅いとストッパーを外せない。

後は分解と逆順に組み上げれば完了。動作チェックしながら組み上げること。ミラーボックスを取り付けたら幾つかの速度でシャッターを切ってみる、スローガバナーを取り付けたらシャッターを切ってみる、というように。部品を取り付けたら動かない、といったことはよくあるため。

組み立てたら幕速度の調整を行う。底蓋内の幕のテンション調整ギアで幕ドラムのテンションを調整し、シャッターテスターでシャッター速度を合わる。後幕のスタートは先幕の回転で制御されているため、先幕のテンションが弱いとシャッター速度は遅く、テンションが強いとシャッター速度が速くなる。

また、両方の幕が同じ速度で走るようにする。速度が違うとフィルムの左右で感光時間が変わってしまう。幕は後ろ側から見ると右から左に走るので、右が先に、左が後に露光する。左の露光時間が右より短い場合は、先幕より後幕が速いため、後幕が先幕に追いつきそうになっている。左の露光時間が右より長い場合は、先幕より後幕が遅いため、先幕と後幕の間が広がっていっている。このように考えて幕のテンションを調整していく。

シャッターテスターがない場合は調整が難しいが、デジカメなどでスロー動画が撮影できる場合は、それで幕が走る動画を撮影し、先幕と後幕の走る速度が同じになるように調整する。

それもない場合、とりあえず1/1000でも先幕と後幕の間に隙間が開き、隙間がフレームの端から端まで走っていればOKとする。

もしシャッターテスターでの計測において、巻取りドラム側で露光が数回ある場合は、幕が巻き取られた際に端に当たって跳ね返っている可能性がある。この場合はテンションが強すぎるので弱める。もしくは底にあるフラッシュ同調兼跳ね返り防止ギアと、跳ね返り防止爪との位置関係を調整する。

今回はフォトトランジスタ2個を使用した自作のシャッターテスターを使用した。フォトトランジスタには0.5mmのピンホールを通して光が入るようにした。先幕・後幕のテンションを調整したところ、フレームの左右端でほぼ同じ速度になった。速度は概ね理想値に近いが、1/250、1/60、1/2は規定の8割程度の速度と若干遅め。

1/1000はうまく調整できなかった。速度が一定せず、その時によって速かったり遅かったりする。しかし自分の技量でこれ以上の調整は無理なので、ここまでとする。(試写では問題なく撮影できていた)。